< たとえばこんな終わりと始まり >

 好きにならなければ、好きだと気づかなければよかったと思う。
 最初から勝ち目のない戦いなんてしたくもなかった。
 でも、好きになってよかったとも思う。
 痛みしか味わえなくても、会えてよかったと思うんだよ。
 ボクは。

(ねえ、シング)

 結局言えなかった言葉がある。最後まで伝えられなかった思いがある。告げようとして、けれど彼女が近くにいたことに気づいて、違う言葉を音にした。
 後悔がなかったと言えば嘘になるだろう。伝えられたとしても拒まれる可能性のほうが大きかったから、言わなくてよかったと思ったのも本当だ。
 けれど、けれど

(ボク、さ。シングのこと)

 できるなら伝えたかった。
 生まれた思いを昇華できるなら、たとえ拒まれてもよかった。
 けじめをつけたかった。
 だって予想外だったのだ。時間が解決してくれるものだと思っていた感情が、今もまだ心の内にくすぶったままだ、なんて。

(ボクって結構しつこかったんだなぁ……)

 目を閉じれば浮かぶ顔、今でも鮮明に蘇る声、思い出は消え失せてくれない。

(いつまで、こんな思いでいればいいんだろ)

 すべてが終わって、新しい始まりを迎えた。イネスたちと一緒に運び屋として世界を巡る約束をしていたけれど、結局ベリルはついていかなかった。行けなかった。平気だと思っていたシングとコハクの同行に、耐えられないと気づいてしまったせいだ。
 ベリルはブランジュに戻ると告げた。最初は渋っていたイネスも、ベリルの心情を悟ってくれたのだろう。多くは追及せずに納得してくれた。
 聡い彼女に感謝しながら、そうしてベリルは故郷へと戻ってきたのだ。
 消えない思いを抱えたまま。
 今日もまたベリルは胸を痛める。

 ラプンツェルでのやりとりを、シングは未だに忘れられない。いい思い出とか、悪い思い出とか、そういった意味合いではない。よくわからない「何か」が引っかかっていて、忘れるに忘れられないのだ。
 街道を歩きながら、どうして忘れられないんだろうと自問する。答えはすぐに返ってきた。

(ベリルだ)

 あの時のベリルの言動が、シングから記憶を薄れさせない。
 引っかかるのだ。ベリルが自分に伝えた言葉が、見せた行動が、すべて本当じゃない気がして。

(いや、嘘ばかりじゃないとは思う)

 ベリルの言葉は確かなものだった。それは肌で感じている。しかしどこか、何かが違う気がするのだ。あの時聞いた言葉のどれかは、真実から遠ざけられたものに思えてしまう。
 どうしてそう感じるのかは、未だわからずじまいだ。しかし直感がそう告げるなら、シングはそれを無視したくなかった。

(ベリル……)

 戦いが終わればイネスと行動を共にすると言っていた彼女が、急に「帰る」と言い出した。そんなことを言うとは思っていなかったシングにとって、それは衝撃にしかならなかった。この先も一緒だと、当然のように思っていたこと。それが音を立てて砕かれた瞬間だった。
 どうして急に帰るなどと言い出したのか、シングにはわからない。ベリルは何も言わなかったし、何某かを察したイネスも答えをくれることはなかった。ただもう、ベリルと旅を続けることはできないことだけを知らされた。
『シングはコハクがいればそれでいーんでしょ?』
 別れる間際にベリルが言った言葉。からかうような口調でありながら、どことなく悲しげに聞こえた言葉。その音がいっそう、記憶を確かなものとして残していた。
 シングは足を止めて顔を上げる。抜けるような青空に思い浮かぶのは、たった一人のこと。

(ベリルに、会いたい)

 真実が知りたい。それ以上に、ただ。
 ただ、彼女に。

 シングがブランジュを訪れることを決めたのは、それから長くない時間の後。
 ベリルが胸を痛める日々は、それを境に終わりを迎えた。

捏造ワールドinシンベリ みたいな。
離れて気づくこともあればいいよ。そんで今度はシングが必死にベリルを追いかければいいんだよ