< そばかす >

 鏡を見ていたかと思うと、はあ、と彼女は息を吐く。

(なんか、前にも似たようなことがあったような……)

 妙な既視感を覚えながら、シングはくだんの人物に近づいた。ベリル、と声をかければ、呼ばれるままに彼女が振り返る。

「鏡見てため息つくなんて、どうしたの?」

 不思議に思ったことをそのまま尋ねたシングだったが、この台詞もいつかどこかで口にしたような気分になった。

「べ、別に、何も……ないけど」

 はて、と内心で首をかしげているシングに対して、ベリルが答えを返す。が、その口ごもり方はどう聞いたところで、何もない、と思わせるものではなかった。
 シングは口を閉じ、ベリルをじっと見る。目を向けられたベリルも、何を言い足すでもなく黙ったままだ。けれど、次第に彼女の視線はそっと横へ流れていく。

「……」
「……」
「……」
「……っ」

 無言の応酬はシングの勝利に終わった。ああもう、とベリルはわめいて、自棄を起こしたように白状する。曰く、

「そ、そばかすが気になってたんだよ!」

 とのこと。

「そばかす? そばかすって、ベリルの顔の?」
「そうだよ! っていうか、わざわざ言わないでよ! シングにはデリカシーってものがカイムだ!」
「えーっと、かいむ、って確か『まったくない』って意味の言葉だよね。すごいね、ベリル。今回は間違えずにちゃんと言えてるよ」
「ま、まあね! ボクだって本気になれば正しい言葉の一つや二つ……じゃなくて! ……シング、その言い方、ボクを馬鹿にしてない?」
「まさか。おれがベリルを馬鹿にするわけないじゃないか」

 目をまたたかせて言葉を返せば、しばらく悩んだ様子を見せたものの、そうかも知れないごめん、とベリルが小さく謝る。出会ったばかりの頃とは違う素直なさまに、シングは思わず顔を綻ばせた。

「なんで笑うのさ」
「可愛いなあと思って」
「え……、へ!?」
「つい意地張っちゃって後で落ち込むベリルも可愛いけど、こうして素直なのもいいよね」

 シングが正直な気持ちを告げれば、ベリルは顔を真っ赤にさせて「ああ」とも「うう」とも取れない音を漏らしていく。おそらくは反論したいのだろうけれど、それが言葉になっていない。怒りか羞恥か混乱かで、ぷるぷると体が震える様子は見ていてとても楽しかった。
 それがどれくらい続いたか、ようやくベリルが落ち着きを取り戻した頃、シングは話を戻すことにした。

「それで、ベリルはそばかすの何を気にしてたの?」
「何って……、まあ、シングは男の子だからわからないかも知れないけど」

 ベリルの言葉にシングが首をかしげれば、オンナノコはそういうことに悩むものなのさ、と返ってくる。

「白くてきれいな肌って、憧れるじゃないか。コハクとイネスの二人も肌が白くてきれいで、ちょっと、羨ましくて……。ボクも、もうちょっときれいだったらなって」

 ベリルの声は次第に小さくなっていく。顔をうつむけていることもあるのだろうが、そうされると帽子のせいで彼女の顔が見えなくなってしまう。
 シングは膝を折って、ベリルと目を合わせようとした。

「……ど、どうせボクには、似合わない悩みだって言うんだろ」
「どうして? 悩みなんて人それぞれなのに、似合う似合わないなんてないと思うけど」
「それは、そうかも知れないけど」

 もごもごと口ごもるベリルの頬はわずかに赤い。自分と目を合わせているからだろうかと考えて、シングはそろりと口元を緩ませた。

「おれさ、そうやってベリルがそばかすを気にしてる姿、可愛いと思うよ」
「!? ……さ、さっきから、いったいなにを」

 淡かった頬が鮮やかに灯ったのは、シングが顔を近づけたからだろう。ベリルは声を詰まらせ、驚きの表情でシングを見つめ返す。

「こういうふうに真っ赤になるところも可愛いと思うし、それに」

 距離を詰めて額同士を合わせれば、ベリルが小さく震える。その反応に今度はシングの熱が上がりそうだった。

「ベリルも十分きれいな肌だよ」
「な」
「ひっつけてるの、気持ちいいや」
「…………ボク、シングのそういうところ、嫌いだ」
「おれはベリルのこと好きだよ」

 平然と返せば、とうとうベリルは言葉をなくした。

そばかすはベリルのチャームポイント(断言)
そのそばかすを気にしてたら大変可愛いと思います。
冒頭部分は「よくあるハナシ」とほんのり関連してたりしなかったり