< これは「 」のはなし >
家の扉を乱暴にノックする音が聞こえて、セネルは眉をひそめた。
この街に、ここまで荒い性格の住人はいないはずだ。とすると、当てはまる人物というのは限られてくる。
重いため息をつきながらドアノブを回せば、果たしてそこには見知った顔があった。
「……ノーマ。お前、もう少し静かにノックしろよ」
「なにおう。住人に気づかれなきゃ、ノックなんて無意味なものになるじゃない」
「無意味以前に、近所迷惑というものを考えろ。そんなに乱暴にしたら、何事かと思われる」
「何かしら問題起こしてるセネセネなら、多少の騒音も気にされな……っていたた痛い痛い頭ぐりぐりしないで、ごめんって、ちょっとした冗談だってば!」
二度目のため息の後で、セネルはノーマの頭から手を離した。それでなんの用だと問い返せば、ぱっと表情を変えて外に行こうとノーマは言う。
「外?」
「そう、外。魔物退治に行かない? 物騒な今の世界、世のため人のために少しでも役に立つことを」
「なんだ、金目当てか」
途中でそう遮ると、図星だったのかノーマが固まった。もう少し反論してくるかと思ったが、予想に反して彼女は素直に認める。なんでわかったの、と悔しそうではあったが、ぎゃあぎゃあとわめかないことには内心で驚いた。
「鞄に突っ込んでるソレが見えてる時点で、大体の予想はつく」
「ありゃ、見えてた?」
ノーマが肩から下げているポシェットからは、色違いの装飾品がのぞいている。加えてノーマが今現在、金銭に困っていることを知っている身としては、そうした結論を出すのは容易かった。
「かっつかつの状態でジジイの宿代も払えってんだから、あの宿屋もとんだ悪徳ショーバイだよねえ」
「いや、店側にしてみれば、宿代を請求するのは当然だろ……」
彼女の態度には悪びれたところはない。そんなノーマを前にして、三度目のため息は小さくなった。
「いやあ、助かるわー。クーもジェージェーも捕まらなくってねえ。さすがにブレス系のあたし一人じゃきついから、セネセネが来てくれてよかったよ」
「アーツ系が必要なら、モーゼスもじゃないのか?」
「モーすけはねえ。中距離っていうのは、三人以上で組んでるならともかく、二人となると追い込まれたら即アウトじゃん? 壁役にはちょっと不安でさあ」
「お前……」
あけすけな物言いに、セネルは返す言葉を失った。対するノーマはあはは~と笑いながら先を行く。
壁役という不穏な単語について追及しようとしたが、セネルは敢えて違うことに触れた。
「ウィルには声をかけなかったのか?」
「へっ!?」
素っ頓狂な声を上げて、ノーマがこちらを向く。その表情には驚きと、かすかな羞恥が見て取れた。わかりやすい反応に、この日セネルは四度目のため息をつく。
一歩、二歩と歩幅を広げてノーマを追い越せば、慌てたような声がセネルの背中に当たった。
「なな、なんでそこでウィルっちが出てくるのよ! 第一、ウィルっちもブレス系でしょっ」
「まあな。あの体格でブレス系というのも最大の疑問だが、まあそこは素質が関わってくるんだろうな。でもお前の言う『壁役』には、ウィルも十分だと思わないか?」
「え、えええ、セネセネってそんなこと言うタイプだっけえ」
会話を続けながらも、セネルは歩みを止めない。速度を速めているので、ノーマはセネルを追いかける形になっていた。足の速さを指摘されたが、セネルは足を緩めない。
「で、実際はどうなんだ?」
「え、いや、別にそんなことは、ないこともないような……」
でもウィルっちもいろいろと忙しいしハっちとのふれあい時間も大事だろうし云々、もごもごと語尾が小さくなっていくノーマの声を聞きながら、セネルは言葉を投げかける。最近よく考えていたことだ。その恥じらいは果たして、本当なのか。
「お前がウィルに執着してるのってさ」
「へ?」
「お前がもらえなかったっていう親の愛情を、代わりにウィルからもらおうとしてるからじゃないのか」
「……セ、セネセネ、なに言って」
「それは、恋じゃないよな」
それまで自分を追いかけていた軽い足音が止まった。それに数秒ほど遅れて、セネルも足を止める。ゆっくり振り返れば、愕然とした表情があった。
先ほど家を訪ねてきた笑顔とは正反対の様相だ。好んでそんな顔にしたいわけではなかったのだが。
「言い返せるなら言い返してくれ。お前がウィルをどう思ってるかなんて、俺は知らないからな」
「あたし、は……」
眉根が寄せられて泣きそうな顔がうつむけられる。ぽつりと呟いてそれきり何も続けられず、ああやっぱりかと、セネルは息をつく。
(ため息も、五回目か)
吐く息の数を数えているなんてらしくもない。少なからず緊張していたのだろうかとセネルは考え、目を伏せた。
「魔物退治はどうする。まだ一匹も見つけてないが」
「……行くに決まってんじゃん。じゃなきゃ、出てきた意味がないよ」
予想外の返答に目をまたたかせる。視線を戻せば、同じように顔を上げたノーマがそこにいる。
彼女は笑っていた。
「あたしの財布事情をナメちゃだめだよ、セネセネ。マジで苦しいんだからさ」
「ノーマ、」
「わざわざ付き合ってもらってるんだから、それなりの成果は出さないと。しっかり壁役お願いね~、セネセネ!」
言って、ノーマは走り出す。セネルが追い越したはずの彼女は、今度はセネルの前を行っていた。
それはセネルが言葉を投げかける前と同じ位置だった。先ほどの会話はまるでなかったような、時間を巻き戻したような感覚を覚える。
「おい、ノーマ!」
距離が開いたので、必然的にセネルは叫んだ。ノーマは止まることなく、けれど代わりに声が返ってくる。
「ごめんセネセネ、もうちょっとだけ見ないふりしてて!」
笑っているような、泣いているような声音に、セネルは何も言えなかった。
歯を食いしばって、ノーマを追いかける。言ってよかったのか、言うべきではなかっただろうか。そんなことを考えながら、
「ちょっと待て、ノーマ!」
「わぎゃっ、ちょ、首に食い込んでる食い込んでる! 鞄のヒモ引っ張るとか、あたしを殺す気!?」
「むしろ死にに行ってるのはお前のほうだろう! 後衛が突っ走るなよ!」
「だからってこんな止め方ある!? もうちょっと優しい方法にしてよ、これだから配慮のない男は……っていだだだこめかみぐりぐりしないでごめんって、あたしが悪かったですー!!」
今は乞われたまま、見ないふりをしようと思った。
それが本当の恋なら応援もするけど、そうじゃないならはっきり区別させないといけないんじゃないかというセネルのおせっかい
ノーマもノーマでこれがどんな感情かわかり兼ねてたから、セネルの追及には正直助かったところもあったり
ちなみにノーマが持ってた装飾品はセフィラとブルーセフィラです