< 科学部屋前にて >
科学部屋から出てきたのは、積み重なった本だった。世界とは進化するものなのか、読み物も自らが歩く時代になったらしい。
(そんなわけあるか)
すぐさま否定して本の背後に回る。そこには、ユーリの予想を裏切らない人物がいた。
「……そのままだと転ぶぞ」
「え? あ、きゃっ」
急に声をかけられたからか、若草色のみつあみを揺らしてその女性の体がかしいだ。ユーリは咄嗟にフィリアの腹部に左腕を回し、落ちていく数冊の本を右腕で抱え取る。どうやら惨劇は起こらずにすんだようだ。
「大丈夫か?」
「は、はい、すみません……」
「いや、俺も急に声かけて悪かったな」
回した腕から、少し早すぎるくらいのフィリアの心音が伝わってくる。よほど驚かせてしまったことに、ユーリは反省した。しかし、フィリアもフィリアだ。これだけの本を何冊も重ねて歩けば、前など見えるわけがない。前方不注意もいいところになるというのに。
ユーリはため息をついた。それと同時に向けられる視線に気づく。フィリアがユーリを見ていた。
「あの……」
「? なんだ?」
「その、そろそろ腕をお離しいただけないかと……思いまして」
「ああ」
うっかりしていた、と、ユーリはその腕を解く。
「悪い」
「いえ。こちらこそ助けていただいて、ありがとうございます」
うつむきがちにフィリアが礼を述べた。若草色からのぞく肌が淡く灯っているのは、抱きかかえられていることに対しての羞恥だろうか。初心なことだと思い、相手に気づかれないようそろりと笑った。
「次からは気をつけろよ」
「はい、そういたします。それで、ユーリさん」
「ん?」
「本を……」
フィリアの顔を、今は困惑が彩っている。ユーリの手元にある本を見つめ、ユーリを見つめ。返してほしいと薄紫の目は言っていた。しかしユーリはその要求を断る。
「さっきの今で、あんたが無事に歩けるとは思えないからな」
「ユーリさ、」
「大惨事でも起こされたら、放っておいた俺が何言われるかわかんねえ。目的の場所まで運ぶくらいなら、わけねえよ」
「ユ……、ご迷惑……。いいえ、ありがとうございます。では少しの間、お世話になりますね」
その言い方は少し大仰だと思ったが、遠慮されるよりはマシだとユーリは笑って頷いた。
ユーリとエステルの定位置が科学部屋の前だったので、そういう場面に出くわす可能性は一番高いんじゃないかと