< 無自覚アタック 彼の場合 >
ふとした瞬間に身に降りかかることがある。ふとした瞬間、というのは、あくまで主観でしかない。自分にとって思いも寄らない時だったりするので、相手がどう考えてその行動を起こしたのか、相手ではない自分にはわかり得ない。それと同じように、相手もまた、その行動がどういった感情を抱かせるかなど知り得ないのだろう。
「彼」の行動が「彼女」にどう思われているのかなど。
最初は、質問に対して答えた時だ。学問にはあまり関係しない、雑学のような知識を、たまたま知っていたことから答えを口にすることができた。
「へえ、あんたって物知りなのな」
フィリアに問いかけたのは、ユーリだった。読書仲間として交流を深めつつあったエステルの、護衛をしているという青年。その頃はまだ、気安い相手ではなかった。
「エステルも本の虫っちゃあそうだけど、どうにも知識に偏りがあるからなあ」
「それは、わたくしもそうですわ。今回は知っていましたが、知らないこともたくさんあります。エステルさんの知識に及ばないところもありますから」
反射的に言葉を返せば、ユーリは目をぱちくりとまたたかせた。驚いた表情をしばしの間、それからゆっくりと、彼が口元を緩める。
「謙虚だねえ。そういやあんたって司祭なんだっけか。職業柄そうなのかも知れねえけど、いや、感心、感心」
ぽん、と。
決して嘲笑ではない笑顔を見せ、ユーリはフィリアの頭に手を乗せた。
撫でるのとは違う、叩くのとも違う。緩やかな接触は、まるで親が子供に向ける慈しみにも感じられた。
そういった経験は、フィリアにもないわけではなかったが、多いわけでもない。それどころか極力、避けるようにしていたフィリアにとっては、衝撃とも言える出来事だった。
何に一番驚いたかといえば、「それ」に嫌悪を覚えなかったことだろうか。あの時フィリアは、両親からの愛情を受けていた幼い頃を思い出していた。
そんな出来事はあったが、二人の会話がそれまで以上に増えたということはなかった。たまに見かければ一言、二言、言葉を交わす。それくらいのものだ。
しかし、そんな少ない交流の中で、小さな出来事も時にはあった。
それが最初に起きた、ぽん、と手のひらを頭に乗せられることだった。ユーリがフィリアを褒めたり、労ったりする時に、かなりの高確率で彼の手は伸ばされる。
フィリアがこれまで生きてきた中での、多くはない異性からの接触。いつしかその大部分を、ユーリが占めるようになった。
いつだったか、聞いたことがある。
「俺があんたの頭に手を乗せる理由?」
「は、はい。時々、そうされることがあるでしょう? なぜなのかなと、少し、気になりまして」
「ああ、悪い。そういうことされるのは嫌なんだっけか? 司祭だもんな。軽はずみだったか」
「いえ、あの、それは構わないのですが、ただ理由があれば聞いてみたいと……」
自分にしては思い切ったことを尋ねているという気持ちがフィリアにはあった。触れられることを「構わない」とまで口にする自分にも驚いてはいたが、その時はそれよりもユーリの返答ばかり気にしていた。
ユーリはしばらく頭をひねらせていたが、やがてぽとんと言葉を落とす。
「身長的なもんかな」
「……身長、ですか?」
「しょーもない理由で悪いんだけど、あんたの頭の位置って、手ぇ乗っけるのにちょうどいいんだよ。だから、つい、というか」
マジでどうしようもねえな、と呟きながら、ユーリはフィリアの頭に手を乗せた。ぽん、と、緩やかに。そして彼は、そのままフィリアの頭を撫でた。
「あんたの髪ってやわらかいよな。さわり心地がよくて俺は好きだぜ」
「え……」
「ちょうどいい位置にあるってのもそうだが、さわりたいって思うのも理由の一つかもな。ああ、やべ、こういう発言も不謹慎か」
「あ…………い、いえ」
いつもと同じはずの一瞬の接触が、その時ばかりは一瞬といかない。加えての、発言。
それが何を植えつける結果になったのか、ユーリはきっと知らないのだろうとフィリアは思った。
実際あの身長差なら乗せやすいと思います
このやりとりから、最初に気にかけるようになったのはフィリアからという裏(?)設定