< 無自覚アタック 彼女の場合 >

 それは、彼女に質問したことから始まった。
 護衛対象である自国のお姫様に聞いてみたもののわからなかったことを、そのお姫様から「彼女に聞いてみてはどうか」と提案されたのだ。最近よく話すようになったらしいという、聖職者でもあるフィリア・フィリスその人に。
 果たして彼女の知識も結構なもので、欲しかった答えは返ってきた。驚きと感謝とで手が動く。反射的なものもあったのだろう、何よりそれは、とてもちょうどいい位置にあったので。
 ぽん、と。
 若草を思わせる色をしたその髪に手を乗せた。
 幼い子供に対するような気分で、けれど撫でるまではいかない接触。聖職者である女性に対して、その行いは迂闊だったかも知れない。しかし、その時のフィリアから嫌がる様子が見られなかったので、ユーリはその行動を「やってもいいもの」だと判断した。
 それ以降、特別フィリアとの時間を持つということはなかったが、時々ユーリはフィリアの頭に手を伸ばすことはしていた。最初の接触に対する彼女の印象が悪くはなかったという理由と(これに関してはあくまでユーリの主観ではあるが)、手を伸ばす位置にちょうどよくフィリアの頭があるという理由から、いつしか癖のようになっていたのかも知れないとユーリは思う。
 そのことについて聞かれ、思っていたことを告げた時もあった。本当は不快だったろうかと尋ね返せば、不快ではないと返ってきた。
 その一言に心から安心したのを覚えている。

「あら、ユーリさん。ご機嫌は……、あまりよろしくありませんか?」
「……おう、フィリア」

 あんまりよくねえかもなと返事をしながら、ユーリは両手に息を吐きかけた。何があったのかとフィリアの表情が問いかけているので、苦笑しつつ口を開く。

「ガレットの森んとこで、ちっとばかし年少組とな」
「ガレットで何を……もしかして、雪合戦でしょうか」
「よくわかったな」
「特に手を冷たそうにされていますし、よく見れば服にも雪が少し残っていますから。それに先ほど、食堂のほうへ向かうカイルさんたちが、雪合戦について話していたのが聞こえましたわ。面倒見がよろしいんですね、ユーリさん」

 小さく笑うフィリアに、ユーリはさらに苦く笑うことしかできなかった。最初は面倒を見るという意味で付き合い始めたが、中盤からユーリ自身も雪投げに熱中していたのだ。結果、雪原地区にもかかわらず汗をかき、今はその汗が体を冷やすという有り様になってしまっている。

「あ、笑うなんて失礼でしたね。ユーリさんも食堂へ行かれてはどうでしょう。温かい物を口にされれば、落ち着きますわ」
「だな。ついでに甘いもんでも食えりゃいいんだが、なけりゃないで作ればいいだけの話か。なんならあんたも来るか?」

 他意なく誘ってみるが、フィリアはこれから用事があるようだった。すみませんと謝ってから、誘ったことについて彼女は礼を述べる。無理強いをするつもりは最初からなかったので、「そうか」と言ってユーリはフィリアと別れようとした。
 互いに背を向けたところで、ユーリは一歩、足を止める。背筋に寒気を覚え、鼻にむずがゆさを感じ、次の瞬間にはくしゃみをしていた。ああくそ、と、思わず悪態をつく。

「大丈夫ですか、ユーリさん」
「ああ、気にすんな。防寒はちゃんとしてたし、あったかいもん食えばすぐ治るだろうよ。まあ、顔ばっかりはどうにもできなかったが」

 雪を直にさわった手も冷たいが、それ以上に顔の痛みもあった。とはいえ、顔全体を覆うマスクなりがあったところで、それを使う気にもならなかっただろう。
 今は室内にいるので、いずれそれも気にならなくはなるだろうが、実際にはまだ体は冷え切っていた。早く食堂へ行ったほうがいいかと思いながら洟をすすると、そうですわ、と何かに気づいたようにフィリアが声を上げる。

「どしたよ」
「あの、ユーリさん。少し屈んでいただけますか?」

 突然の申し出に首をかしげながらも、ユーリは素直に腰を屈めた。急にどうしたのかと彼女の動作を眺めていれば、予想だにしなかったことが起きる。
 「それ」はユーリの頬へと伸ばされた。
 いつかユーリがしたような接触と似た、けれどユーリがしたこととは違うもの。

「…………フィリア?」
「そういえばわたくし、先ほどまでお湯を使って実験をしていたんです。実験中はほとんどお湯に手を浸していましたから、ユーリさんよりは温かいと思いますわ」

 ほんのわずかですがユーリさんを温めるお手伝いになるかも知れません、と、告げながら、フィリアはユーリの頬を両手で包んでいた。

(手伝い、って……)

 普段ならば、いつもならば。触れるのは、ユーリからだった。反射的なもの、身長的なもの、ちょうどいいから。そして、さわり心地がいいからという、少しばかり不謹慎な理由から。
 けれど今日、この時は違った。冷えて痛みを覚えた顔へと、なんのためらいもなくフィリアの手が触れられる。なるほど彼女の言うように、触れられた手は温かかった。冷えた肌がじわじわと、まるで侵食するように熱を伝える。

「どうでしょう。温かいですか、ユーリさん?」

 頬に触れられ、いつもより近い距離で、そう問いかけられた。
 フィリアは、自分が何をしているかはわかっているのだろう。きっとかつてのユーリのように他意なんてない動作なのだ。だからきっと相手は知り得ない、その考えにすら至っていない。なぜならそれは親切心からくるものなのだ。

(あつい、)

 微々たるものであろうと、積み重ねた時間は確かにある。平行から隣り合うようになってきた不安定な関係の中で、「彼女」の行動は「彼」を狼狽させるのに十分すぎた。

羞恥より心配が勝った結果、ユーリノックアウト(笑)