< Bless you -Side P- >

 船内を歩いていると、鈴の鳴るような声に呼ばれた。ややうつむきがちだった顔を上げれば、視線の先にはソフィとアスベルがいる。

「フィリア」

 ソフィがもう一度フィリアの名を呼んで、小走りでこちらに駆けてきた。何か急ぎの用でもあるのだろうかと、首をかしげながら少女を迎える。

「どうされましたか、ソフィさん」
「『祝福』をもらいに来たの」
「祝福?」

 前置きもなく告げられた内容に、フィリアはますます首をかしげた。祝福とはどういうことだろう。何か、それに対応するようなものを自分は持っていただろうか。
 考えるフィリアに、後からやってきたアスベルが苦笑しながら言った。

「ソフィ、それだけじゃ何も伝わらないぞ。順を追って説明しないと」
「説明……。えっと、さっき依頼を受けたから、これから外に行くの。それで、フィリアは神官、でしょう?」
「はい。そうですよ」
「だから、祝福してほしいの」

 ソフィの言葉にフィリアは頭を働かせる。そして、神官と祝福という二つの言葉が結びつくものであることを、それこそ神官であるフィリアは知っていた。
 神官が信者や参拝者へ何かを施すという行為はよくあることだ。それは説法だったり、聖水だったり聖油だったり、教会や宗派によってさまざまである。
 フィリアが属している教会でもそれはあったが、ソフィはその祝福を望んでいるらしい。依頼を無事に達成できるように、との気持ちからだろうか。

(わたくしがいた教会は確か……)

 記憶を辿ったフィリアは、残念な結果をソフィに告げることになってしまった。

「すみません、ソフィさん。聖水がないので、わたくしから祝福を授けることが難しいのです」
「……せいすい?」

 申し訳なく思いながら謝罪すると、ソフィはきょとんとしてフィリアの言葉を繰り返した。せいすいってなに、とフィリアからアスベルに顔を向けて彼女が問いかける。

「聖水っていうのは、教会で使う特別な水のことだよ。一般的なものとはちょっと違うから、すぐに用意するのは難しいんじゃないかな」

 騎士という肩書きからか、教会に関わることに明るいようだ。淀みなく述べられる説明に、フィリアはこっそりと驚いた。
 アスベルの説明にソフィは首をかしげ、フィリアへと顔を向け直す。

「アンジュは、聖水は使わなかったよ?」
「え?」
「すぐにできる祝福があるって、額にキスしてくれたの」
「キ、キス、ですか?」

 うん、と頷くソフィに、フィリアはしばし思考が停止した。アスベルに目を向けると、彼も驚いている。依頼を受けた後で一緒になったのか、ソフィがアンジュから祝福を受ける場にはいなかったようだ。

「ソフィとフィリアは、同じ神官じゃないの?」

 不思議そうに問われるが、フィリアはすぐに返事ができない。「祝福」でキスをすることは、知識としてはある。しかしフィリアは、そんなことは一度もしたことがなかった。フィリアにとって口づけるという行為は、軽々しくするものではないのだ。
 するべきか、断るべきか。
 葛藤が芽生えるが、目の前では首をかしげながらも期待に溢れた表情が待っている。いたいけな少女を裏切る真似は、フィリアにはできなかった。
 そもそもこれは「祝福」だ。やましい気持ちを持つような行為ではない。恥ずかしいなどと考えるほうがおかしいだろう。
 フィリアは気を取り直して、わかりましたわと頷いた。

「ソフィさんに、神のご加護がありますように」

 告げて、少女の額へとくちびるを落とす。そうするとソフィは、とても嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。その笑顔は、一時でも葛藤してしまったことを後悔するくらい、綺麗な笑顔だった。
 そんな彼女は、祝福を終えたフィリアに、もう一つを付け加える。

「あのね、アスベルも一緒に行くの。だから、アスベルにも祝福してほしい」
「へ!?」

 ソフィの言葉にいち早く反応したのはアスベルだった。なにいってるんだソフィと、彼は素っ頓狂な声を出す。慌てふためく彼に、ソフィは不思議そうだ。

「アスベルも無事でありますようにって。どうして顔が赤いの、アスベル?」
「どうして、って、ソフィ……」
「アスベルさん。ソフィさんは純粋に心配をしているだけですから」

 アスベルの様子に、フィリアは苦笑した。彼が最初に慌ててくれたおかげか、こちらはそこまで衝撃を受けずにすんだようだ。とはいえ、平静に祝福を授けられるかと言えば、それはまた別問題だ。祝福とはいえ、異性へ口づけるのはさすがに抵抗がある。
 ごまかすのは気が引けるが、この場をどう収めようかフィリアは頭をフル回転させた。

「あっ、そうですわ! よいことを思いつきました」

 フィリアは中指にはめていた指輪へ「アスベルさんに神のご加護がありますように」と言葉を落とし、口づけた。その後で指輪を外し、アスベルへと渡す。

「フェアリィリングですわ。こちらをお持ちください。戦闘にも役立つと思います」
「え、あ、ああ……ありがとう、フィリア。ソフィも、これでいいか?」
「……どうして直接しないの?」
「よし! これでいいな! じゃあ、さっそく行くぞソフィ!」

 ソフィの疑問を吹き飛ばす勢いで言い切ったアスベルは、引きずるようにソフィを外へと連れて行く。そんな二人の後ろ姿にもう一度苦笑しながら、お気をつけて、とフィリアは言葉を投げかけた。

柔軟なアンジュさんなら聖具がなくてもできる祝福を贈ってくれると思います
フィリアにもやってもらいたいと思うくらいにソフィが懐いてたら可愛いと思います

騎士と神官に繋がりがあるのはどこかでそんな記述を見たことがあるからです。ときめいたのでこっそり組み込んでます