<リオンのプチ救出劇 >

 騒がしい声がリオンを呼んでいる。いい予感がまったくしないので振り返りたくはなかったが、そうしたところで呼び声がなくなるわけでもないだろう。重いため息をつきながら、リオンは立ち止まる選択をした。

「……なんだ」

 顔だけを後ろへと向ければ、満面の笑顔が視界に入る。声の主であるマオは、表情と同じように弾んだ音を投げかけた。

「ねえねえリオン! 今から怖い話大会やるんだけど、キミもおいでヨ!」
「断る」

 予想通りにろくでもない提案が向けられたので、即座に拒む。対するマオはすぐに諦めることなく、食い下がってきた。

「そんなこと言わないでさ、ちょっとだけでも来てみてよ。絶対面白いって」
「面白味など求めていない」
「やる前から断言しちゃダメだよ。それに涼を取る意味もあるから、行って損はないと思うな」

 バンエルティア号は現在オルタータ火山に停泊しているため、船内の温度は常より高くなっている。甲板にいたセルシウスが倒れたり、暑さで動きが鈍くなっていたりと、影響は目に見えていた。
 背筋が寒くなる話で暑さをやわらげようとするのも一つのやり方だろうが、それを口にするのがマオであることに引っかかる。

「お前、暑いのは平気だっただろう。涼を取るのを口実に、自分が楽しもうとしてないか」
「ヤダなー。そんなことないって。みんなが楽しく涼める方法を探した結果だヨ!」

 先日ファラが開いた十物語にマオが参加し、いたく気に入っていたことを思い出した。あれからマオ自身も何度か話会を開いているらしいが、今回もその類ではないだろうか。少年の否定は怪しいものでしかないが、そこまで気にかけるものでもないとリオンは考え直す。

「まあ、どんな理由だろうが僕には関係ないし、この程度なら涼を取る必要もない。やりたい奴で勝手にやっていろ」

 向けていた顔を前へ戻すと、残念という言葉とゴメンネという声がかけられた。誘う相手は最初から見極めていてほしかったが、謝罪をするだけましだろう。小さくため息をつきながら、早々に立ち去ろうとする。

「次はフィリアでも誘いに行こっかなー」

 聞き捨てならない言葉が、リオンの行動を止めた。思わず振り向くと、マオが不思議そうな表情を向ける。行かないの、と視線は問いかけているが、リオンはそれに構わず口を開いた。

「なぜフィリアなんだ」
「え? なんでって……フィリアって神官だからさ、もしかしたらそういう系の話とか持ってるかなーって思って」

 神官は葬儀に関わることもあるから、そうした発想も間違ってはいないだろう。しかし、誘う相手が悪い。すぐにでも止めようとしたが、マオの行動は速かった。

「確か食堂に行ってたような気がするから、ボク行ってみるネ!」

 ウインクをした後、止める間もなく少年が駆けて行く。まずいことになったと、舌打ちをしながらリオンも行動を起こした。
 ホールに出たところで、目的の人間はすぐに見つかった。声をかけると驚いた表情が返るが、説明する時間も惜しい。前置きもなく自分についてくるよう急かすと、胡乱な目を向けながらもロニはリオンの言葉に従った。

「おい」
「あれ、どうしたの?」
「リオンさん? ロニさんまで。お二人が一緒なのは珍しいですね」

 どうやらフィリアは食堂から出てきていたらしく、マオは廊下で彼女を見つけたようだ。フィリアの様子を見るに、まだ話す前なのだろう。小さく安堵しながら、ロニを引き連れ彼らに近づいた。

「こいつを連れて行け。僕とフィリアの代わりだ」
「代わり? なんの話だ?」

 状況のわからないロニは目を白黒させている。何も情報を渡していないのだから当然だろうと思いながら、リオンはマオとの距離を縮めた。ロニとフィリアには聞こえないよう、少年にだけ届くようそっと声を落とす。

「そういう話は怖がる人間がいたほうが盛り上がる。多少うるさいかも知れんが、あいつの反応はさぞ面白かろう。存分にやれ」
「……ふむふむ、そういうことなら交渉成立だヨ」

 リオンの言葉で察したのだろう、少年は笑顔を見せながら小声で受け答える。見た目の割には状況把握能力がそこそこであるらしい。マオに対する認識をわずかに変えたリオンは、呆然としているフィリアを促した。

「行くぞ」
「え? あの、マオさんのご用件は……」
「気にする必要はない。あいつがいれば十分だ」

 戸惑うフィリアに構うことなく、彼女の手首を取って歩き出す。困惑しながらもフィリアは、手を振るマオと未だ疑問符を浮かべ続けるロニに向かって軽く頭を下げた。

「何か大事な用事ではなかったのですか?」

 フィリアの手を取ったのはあの場から連れ出すためであり、隣を歩いている今はもう離している。フィリアは手を取られたことよりも、マオのことが気にかかっているようだった。

「代わりで十分だと言っただろう。お前である必要はないことだ」
「ですが、ロニさんは何も知らない様子に見えましたわ」
「心配せずともマオが説明する。それとも何か、」

 ちらと隣を見れば、首をかしげながらも続きを待つ表情がある。

「お前は涼むために、不可思議な話を聞きたかったとでも言うのか?」

 婉曲な言い回しにしたが、ややあってフィリアの顔が強張った。不可思議、涼む、マオという組み合わせでリオンが何を言いたいのかを察したらしい。か細い声が、遠慮させていただきたいです、と返ってきた。

「か、火山に停泊中ですものね。暑いから涼を呼びたいというのはわかるのですが、方法が……。あの、ありがとうございます、リオンさん」
「また泣かれてはかなわんからな」

 幽霊が出るという噂を聞いて、その場所に向かうのは無理だと涙ながらに訴えられたのはいつの出来事だっただろうか。魔物よりも怖いと、なぜ思えるのかがリオンには理解できないが、恐怖の対象は人によって違うのだから仕方がない。せめて離れずに行動してほしいと懇願された時は内心で焦ったものだが、正直に言うとあまり悪い気はしていなかった。

「またリオンさんにご迷惑をおかけしてしまうところでしたわ。あ、そうです、先ほどゼリーを作ったんですよ。お礼になるかはわかりませんが、リオンさんも召し上がりませんか?」

 フィリアが食堂にいたのは、涼味を作るためだったようだ。ルーティたちも誘うつもりであることを聞いて、リオンはしばし考える。

「お前しかいない場所でなら、食ってやらなくもない」

 それは、自分が甘味を食べているところを人に(特にルーティには)見られたくないからの発言だった。フィリアと二人きりになりたいからというわけでは、決してない。

マオから守ったり、二人きり云々言いつつフィリアと一緒なら甘味も食べるよという気の許し具合
まあマイソロでは普通に食べてますが(禁句)