< 勝ったのはどっちでしょう >

 宛がわれた部屋に戻ると、そこにロニ以外の人間は見当たらなかった。

「ロニだけ? カイルとジューダスは?」
「カイルはスタンさんと鍛練中、ジューダスは……どこだろな。どっかその辺うろうろしてんじゃねえか?」
「うろうろだなんて、ロニじゃあるまいし」

 ぽそっと呟くと、おい、というロニの不機嫌そうな言葉が続いた。その反応にうふふと笑って、ロニの向かいであるテーブルチェアに腰かける。そのままテーブルに両肘を乗せ、リアラは頬杖をついた。

「肘つくのは行儀が悪いぜ、リアラ」
「食事中じゃないからいいもん。……それ、おいしそうね」

 たしなめに頬を膨らませながらも、ちらっとロニの手元に目を当てる。視線の先には、食べかけのショートケーキがあった。真っ白なクリームに赤いいちごが映えていて、それはリアラの注意を引く。素直な感想を述べるとロニは苦笑し、フォークで掬った一口サイズのスポンジを差し出した。

「ほれ、やるよ」
「……その食べかけを?」

 リアラの問い返しに、ロニは頷く。これしかねえんだから仕方ねえだろという視線まで返されたリアラは、その先の行動をぴたりと止めた。
 そんなリアラとは反対に、ロニはずいっとフォークを突き出す。いらねえのかとロニは問うが、リアラは何も反応できない。わずかに動かせる視線だけが、ロニを追う。

「食わねえの?」
「……だって、それ、食べかけ……」
「だーから、ケーキはもうこれしかねえんだから。仕方ねえだろ」

 ほれほれとフォークが小刻みに揺らされる。柔らかい卵色のスポンジ、そこに乗ったクリームはきっと甘く、リアラの口をとろけさせそうなこと請け合いな気がする。食べたいか食べたくないか選べと言われれば、リアラは食べたかった。

「ほーれ、リ・ア・ラ」

 ロニはわかっているのだろう。わざとらしい言動が気に障る。
 むっとして、リアラは動くことにした。

「お」

 そそのかしたのはロニだ。リアラがその行動を取ったとしても、さほど驚きはしないのだろう。現にロニは、目をまたたかせはしたものの平静を保っていた。
 その落ち着きようがリアラの憤りを助長させたので、意を決して口にしたケーキはあまり味わえなかった。

「どうだ、リアラ。うまいか」
「いちごが欲しい」
「へ?」
「わたし、いちごの部分が欲しいわ。ロニ」

 こうなったら、やけくそだ。リアラは要求を口にした。それも、ショートケーキのメインとも言える部分、一つしかない赤い果実を、だ。
 さすがにロニの表情が固まる。その困惑顔は、リアラにとって気分がよかった。

「くれないの?」
「いや、その、リアラ」
「ねえ、ロニ。ちょうだい」

 上目遣いに求めれば、ロニががくりと項垂れる。
 勝った、とリアラは思った。

「お前って結構したたかだよな……」
「あら、煽ったのはロニじゃない」
「否定はしねえけど、それで全部食うか普通?」

 綺麗に平らげられたショートケーキ、そのほとんどはリアラのお腹に収められていた。勧めたのはロニなのだから、文句を言われる筋合いはない。そう告げれば、ロニはため息をつくもののそれ以上ぶつくさと言うことはなくなった。
 こういうところはやはり大人だと、リアラは思う。普段が普段なだけに見えにくいが、ロニは沈着な言動ができる人間だ。特に年下相手にはあしらいが巧みである。それはおそらく、彼が孤児であり、孤児院で育ってきたからだろう。

「ん、どうした? リアラ」
「ううん、なんでもない」

 きっとこれも、ロニの「年下に対するあしらい」だ。巧みな対応、つまりは子供に対する大人の対応、悪く言えば子供扱いのようなもの。リアラが面白くないと感じるのは、こんな時だった。

「まだケーキが食いたいのか? もうないぜ」
「失礼ね。ケーキのことじゃないわ」
「じゃあ、なんだ?」

 なんだ、と問われてもリアラは答えられない。答えたところで、今度はロニに笑われてしまうだけだ。再度なんでもないと言って顔をそむければ、結局ロニに笑われてしまう。

「……何よ」
「いいや、なーんも」

 リアラがむくれると、ロニは笑みを深める。その反応にますます頬を膨らませると、不意にロニが手を伸ばした。そのままロニの人差し指が、リアラの頬に触れる。軽く突かれ、口の中の空気がこぼれていった。

「お前のほっぺ、柔らかいよな」
「セクハラよ、ロニ」

 さわらないでと顔をそむけるが、ロニは引かない。今度は手のひらで、頬を覆った。

「ふん。これに関しちゃ、リアラの意見なんて聞いてやらね」
「どうしてよ」
「俺、お前にさわるの好きだからな。本気で嫌がられない限り、欲求には忠実よ?」

 にやりと笑うロニを見て、結局自分はこの男に勝てないのだと、リアラは負けを受け入れた。

ロニもロニでリアラに勝てないと思ってます