< ある王族の時間つぶし >

 ヴァンもガイも揃って不在という、退屈で苛立たしい時間を持て余していたルークは、面白くない気分で廊下を歩いていた。先ほどからため息ばかりついてはみるが、そうしたところで時間が早く進むわけでも、二人が戻ってくるわけでもない。気を抜けば悪態ばかりついてしまいそうで、ルークはそれをため息に換えることに努めてもいた。悪循環でしかないのだが、他に時間をつぶす方法も見つからないのだ。
 そうしていると、目の前から一人の青年が足早にやってきた。腕に何かを抱えた青年は、どこか楽しそうな表情をしている。

(あいつ、確かリッド、っていったか……)

 自分の気分が悪いと、他人の笑顔は嫌に気に障るものだ。リッドには悪いが、早いところ自分の前から消えてほしいとルークは思った。

「お、ルークじゃねえか」

 ルークの願いもむなしく、同じように目の前の人間に気づいたリッドが声をかける。小さく舌打ちをしたルークは、なんだよ、と視線だけをリッドに向けた。

「ずいぶん暇そうだな。なんなら俺と一緒に来るか?」
「お前、暇って決めつけてんじゃねえよ。腹が立つ奴だな」
「そうやって怒んのは図星だって言ってるようなもんだぜ。ま、俺も言い方が悪かったかも知んねえけど。で、来るか?」

 怒りをあらわにしたところでリッドはけろりと受け流す。その平然とした態度に苛立ちが増すが、重ねて何かに誘おうとするリッドの発言にルークは少しだけ興味を覚えた。どこに連れていく気だと問えば、研究室だよと返ってくる。

「なんで俺が、そんなとこに行かないといけねえんだよ」
「この植物を煎じて薬を作るんだけどよ、この作業がけっこう面白えんだ。時間つぶしにもなるし、試しに見てみねえか」

 面白い、時間つぶし、という単語に、ルークの興味が割り増しした。言いくるめられているような気はしないでもない。だが時間をつぶすためだと言い聞かせたルークは、仕方ねえなとリッドについていくことにした。

 研究室には、いつもいるメンバーは見当たらなかった。そこにいたのは、ギルド内の女で唯一の眼鏡常用者であるフィリアという神官だ。

「待たせたな、フィリア」
「お待ちしておりました、リッドさん。あら、ルークさんもいらっしゃったんですね」

 にこにこと微笑みかけられて、ルークはたじろぐ。ヴァンやガイと違う「他人」から、こうも友好的な表情を向けられることにルークは慣れていないのだ。王族だから敬われているわけでもなく、かといって卑下されている様子もない、知り合いに向ける気安い態度。このギルドに来るまで疎遠であったもの。

「……こいつに無理やり連れてこられたんだよ」

 動揺を悟られないようリッドへ責任転嫁すれば、間違ってはいねえかな、とリッドは怒ることなく受け入れた。そういえばこいつも俺への態度が仰々しくねえな、と気づく。

「ま、とにかく来ちまったもんは仕方ねえよな。じゃあさっそくやろうぜ。言われてたやつはこれで合ってるよな、フィリア」
「確認いたしますわ。こちらへどうぞ、リッドさん。ルークさんもこちらにお座りください」
「え、あ、……おう」

 王族である自分がこうも軽々しい扱いを受けるなんて、と未だに思わなくもない。いつか国へ戻るその時までとわかってはいるが、それでも納得できないことは多々あった。
 しかし、王族だから相応のもてなしを受けるのが当然であるべきだと思ってはいけない、とヴァンにも言われている。ヴァンの言うことならばと、今はそれを我慢していた。

(どうせ国に帰るまでだ)

 今のような自由に近い環境も、城にこもっているしかできない以前に比べれば格段にいい。少しくらいなら、辛抱できた。

「植物はすべて合っていますわ。ありがとうございます、リッドさん。では始めますね」
「……薬、作るって聞いたんだけど。グミとか売ってるやつ買えばいいんじゃねえのか?」
「そうですね。これはわたくしたちが使うというよりも、他の国や村の方たちに使っていただくためのものという意味合いが大きいんです」
「他の?」
「今の状況だ、簡単に物を買えるって人間も多くねえだろ。だから、金をかけずに代用できる物を探したり、こうやって実験したりしてるんだ」

 大本を叩くにも時間がかかるからとリッドは説明を続け、それに頷きながらフィリアは土鍋へ水や植物を入れていた。
 ルークは釈然としなかったが、これもギルドの仕事なのかと思えば納得できなくもない。依頼を聞いたり、他人のために奔走したり、ギルドとは面倒なものだなと思った。

「実験ってことは、失敗することもあんのか?」
「ええ、試すことがすべて成功するものとは限りません。ですから、見分を怠らないようにすることがとても重要になってきますわ。今日はルークさんにも来ていただいて、嬉しく思います」
「は? な、なんで……」
「立ち会う人数が多ければ、それだけいろんな意見も聞くことができますから」
「意見って、俺にも実験体になれってのか」

 思わぬ言葉に驚いたが、すぐにルークは反発した。ていよく人を使う気なのかという考えに至れば、惹かれつつあった植物の煎じ方もどうでもよくなってくる。
 しかし、フィリアもまた間を置かずに言葉を返す。

「植物の成分は吟味した上での煎じです。特定の水や環境、異種植物との併用による副作用がない限りは、人体へ影響が出ることのない安全な植物を選んでいますから、弊害はありませんわ」
「その副作用なんなりの『万一』ってやつが起きたらどうすんだよ」
「……」
「……おい」
「大丈夫です、ここには医務室も回復術に優れている方も多くいますから!」
「それ大丈夫って言わねえだろ!!」

 不穏な返事に、ルークは声を大にした。

「ふふ。冗談ですわ」
「は!?」
「すみません、ルークさん。植物についてはわたくしだけでなく、他の方々も吟味をされています。本当に、よく調べた上での実験ですから、心配はいりませんよ」
「……お前、そんな冗談いう奴だったのかよ……」

 あまり交流が深くないので知らなかったとはいえ、とんだ神官サマだ。がくりと肩を落とせば、それまで口を挿まなかったリッドがくく、と笑う。

「そうでもねえぜ。見てくれの通り、フィリアは冗談が嫌いなタイプだ」
「じゃあ、さっきのはなんなんだよ」
「友人からアドバイスをいただいたんです。堅苦しいばかりではうまくいくものもいかないから、たまには冗談でも言ってみなさいと。そうしたら、言った本人も言われた相手も肩の力が抜けるから、円滑な会話ができるそうですわ」

 どうでしたか、とフィリアが問いかける。どうもこうも思惑通り肩ががっくり落ちたよと返せば、よかったですわと微笑まれた。
 何がいいものか、人を馬鹿するなとルークは思う。その怒りをぶつけようとしたが、

「お、湯が沸騰したみたいだぜ」

 リッドの言葉に遮られてしまった。そうして今、植物を煎じていたことを思い出す。

「では、火を弱めましょう。あと五分ほどで煎じてから漉すと、出来上がりです」
「……水に入れて茹でて終わりって、あんまり面白くねえじゃねえか」
「そうか? お前とフィリアのやりとり、見てる分には面白かったけどな」
「俺は面白くねえ!」

 植物の煎じが面白いと言われついてきたら、騙されて笑われて肝心の目的はほとんどが終わっている。そのことを改めて考えると、ここに来た意味はなかったんじゃないかとルークは思った。
 はあああ、と当てつけがましくため息をつく。そんなルークに対して、リッドは笑いながら言った。

「いいじゃねえか、時間はつぶせただろ?」
「時間つぶしの内容が悪いって言ってんだ! 馬鹿にされて嬉しい奴なんていねえだろ」
「そんなつもりではありませんでしたが、気分を害したのならすみません。わたくし、一度きちんとお話してみたかったんです。ルークさんと」
「な」

 けれどやはり内容はふさわしくありませんでしたわ、浅慮でした、申し訳ありません……、次第に語尾が小さくなっていくのは、フィリアが頭を下げたからだろうか。急にそこまで委縮されても困る。これではまるで自分のほうが悪者のようだ。

「お、おい。顔、上げろよ。なにも、そこまで怒ってるわけじゃねえし……話ぐらいならまたしてやってもいいし」
「本当ですか!?」
「うわ、いきなり顔あげんなよ! ……マジだよ。煎じるのもちゃんと見てねえしな」
「ありがとうございます、嬉しいですわ」

 何がそんなに嬉しいのか、フィリアは満面の笑顔を見せている。なんの思惑も感じられない、素直な表情を向けられることもまたルークには不慣れなことだった。

(そのうち慣れたりすんのかな)

 この女との交流を増やせば、必然とそうなるだろう。どちらの選択をするかは、ルークにかかっているのだが。

「では今度は、植物を掛け合わせる薬液をご紹介しますね」
「それ聞いたことねえな。どんなんだ?」
「植物によって効能はさまざまですが、見どころは薬液の色なんです。違う色同士の植物が合わさると、新しい色に変わるんですよ。絵の具を混ぜるような感じが楽しいんです」
「へえ、面白そうだな。ルーク、それだったら文句ねえだろ」

 リッドが問いかけ、どうでしょうとフィリアも問う。ルークは口を開き、少しだけ躊躇した後で答えた。

「時間つぶしのためだ。仕方ねえから付き合ってやるよ」

 交流を深めるか否か、おそらくは前者を選ぶのだろう。
 ルークの中にそんな確信があった。

こういうのがきっかけで交流を深めてもいいんじゃないかと思います。
フィリアの実験をリッドが手伝ってるのはキールよりわかりやすい説明をしてくれるからとか云々(半分は趣味で)
リッドのとある台詞聞いたらあながち間違ってもない気はします(小声)