< ある家庭教師の愉快ごと >

 視線の先にルークを見つけたジェイドは、ゆるりと口角を上げた。彼は麻袋を手に持ち、きょろきょろと辺りを見ながら歩いている。その姿は、ジェイドに面白そうな予感しか与えなかった。

「そんなにせわしなく何を探しているのですか、ルーク」
「んあ? ……げっ、ジェイド」

 あからさまに嫌そうな表情を見せるルークを気に止めることなく、むしろ嬉しそうにジェイドは重ねて問いかける。誰かお探しですか、そう尋ねればルークはますます顔をしかめた。

「……誰だっていいだろ。構うな」
「そう言われましても、私はナタリアだけでなくあなたの家庭教師も兼ねてますからね。生徒が困っているのを放っておくことはできないんですよ」
「しゃあしゃあと。よく回る舌だぜ」
「いえいえ、あなたほどではありませんよ」

 皮肉に皮肉で答えれば、舌打ちが返る。その反応もジェイドを楽しませるだけだが、そのことに気づいていないルークは苛立ちを前面に出すばかりだ。こつこつと、小刻みに靴を鳴らす音も続く。

「急用ですか? 協力は辞しませんよ。あなたが素直におっしゃってくださるのなら」

 からかうのも度が過ぎては面倒なことにしかならない。己の態度を見極めたジェイドが口調を改めれば、ルークも態度を軟化した。しばらくは噤まれていた口も、不承不承といったていではあるものの開く。

「……フィリアだよ。自室にも研究室にもいねえから探してる」
「おや。また珍しい人物の名前が出てきましたね」

 ジェイドにとっては本心だったが、それも揶揄と取ったのかルークの視線が鋭くなった。その睥睨を受け流したジェイドは、ルークの手にある麻袋へと目を向ける。よく見れば、植物らしきが袋の先からのぞいていた。

「何か聞きたいことでもあるんですか?」
「あったら悪いのかよ」
「喧嘩腰はよくないですねえ。あなたの質を落とすだけですよ、ルーク。それはさておき、フィリアに、というのが珍しい。あなたなら、ヴァンかガイにお尋ねになるものだと思いましたが」

 ジェイドの言葉に、ルークが声を詰まらせる。反論らしきも思いつかないのか、ああ、だの、うう、だのと、聞こえてくるのはうめき声ばかりだ。
 挙げた二人が不在だから等、嘘なりなんなり言えばいいだろうに、ルークは変なところで実直だ。思わず笑ってしまいそうになるのをこらえつつ、ジェイドは一つ思いついた。

「私でよければご教授いたしますよ。先ほども言いましたが、私はあなたの家庭教師でもあります。何かを知ろうとする態度には、褒めこそすれ貶したりしません。いくらでも時間を割きましょう」

 半分は本心だったが、半分はからかう気持ちもあった。この辺りが自分の悪い性格だとジェイドは自覚していたが、どうにもやめられないのが難点だ。やめようという気持ちも、些末ですらありはしなかったが。
 悪質さを含んだジェイドの提案に、対するルークはきっぱりと言った。

「お断りだね。お前の知識は確かなんだろうが、教え方が嫌みったらしいんだよ」
「聞き捨てなりませんねえ。私はあなたにもわかりやすいよう、難解な単語を噛み砕いてお教えしているだけなんですが」
「そういうところが嫌みだっつーの! お前に教わるくらいなら、フィリアに教わるほうが何倍もマシだ!」

 憤慨したルークは足音も荒く、ジェイドの横を通りすぎていく。ジェイドは呼び止めることはせず、そのまま憤る後ろ姿を見送った。

「これはまた、面白いことになったようで」

 断られるとは思っていたが、予想以上の断言内容にジェイドは小気味よさすら覚えた。
 ルークがいつフィリアと交流を持ち始めたのかは知らないが、ヴァンやガイを差し置くとはずいぶんな打ち解けようである。微笑ましいと思うべきか、面倒な相手に懐かれたとフィリアに同情するべきか。

「ああ、それとも、あの問題児様を馴らす彼女の手腕を褒め称えるべきでしょうか。ぜひともフィリアには、ルークの性格も改善してほしいものです」

 それは高望みか、存外に叶うことなのか。
 くつりと笑って、ジェイドはルークとは反対の方向へと歩き出した。

フィリアに懐いていろいろ聞こうとするルークとか可愛いと思います
王族の家庭教師ならルークの家庭教師もしてると思うんですが、違ってたら自設定ということにしておいてください