< 居心地のいい場所 >

 嫌な相手に見つかってしまったものだと、気分はいいものではなかった。しかし、ほどなくして目的の人物が見つかったことで、それは払拭された。

「あら。こんにちは、ルークさん」

 相手もルークに気づいたのか、表情を緩めて挨拶を口にする。いつもと変わることのない微笑みを向けられ、ルークも自然と口元を緩めた。
 言葉を返しながら、ルークはフィリアへと駆け寄る。

「どこにいたんだよ。さっきから探してたんだぜ」
「わたくしを? 申し訳ありません、先ほどまで資料室にいたのです。探させていただなんて、お手数をおかけしてしまいましたわ」

 ぺこりと躊躇なく頭を下げられ、ルークは慌てた。探していたのは自分の勝手であり、約束も何もしていたわけではないのだ。そこまで恐縮されることではない。

「べ、別に謝れって言ってねえよ。見つかったから、問題はねえんだし」
「ルークさん……。お気遣い、ありがとうございます」
「気ぃ遣ったつもりはねえけど……まあ、いいや」

 フィリアの低姿勢は、いつものことだった。当初は自分が王族だからだろうと当然のように受け入れ、フィリアに対し親しみを覚えるようになると謙りすぎじゃないかと不満にも思ったものだ。今ではそれがフィリアの通常だと理解し、この態度にも慣れてきた。
 そんな過程を無意識に辿りつつ、今はそんなことを考えている場合ではなく、と、ルークは本題を口にする。

「ところで、聞きたいことがあるんだけどさ」
「はい。わたくしでよければ、お力になりますわ」
「えっと、これって、お前から聞いた薬効のあるやつだよな?」

 手に持っていた麻袋から植物を取り出すと、それを目にしたフィリアは顔を輝かせ、頷いた。

「はい! 以前ご説明させていただいたことを、覚えていてくださったのですね。嬉しいですわ」
「ま、まあ、覚えてたのはたまたま、だけどな。んで、そん時いっしょに見つけたやつがあんだけど、これが何かわかんなくてさ」

 先に出した植物をフィリアに預けた後で、再び袋へと手を入れる。
 ギルドに来た依頼の遂行途中で目にした、見たことのある植物とそのそばにあった知らない植物。知的好奇心は強いわけではない。見つけるつもりもなく、たまたま目についただけだった。持ち帰ろうと思ったのは、言葉を交わす理由になる気がしたからだ。

「これはですね……あら、でも、少し違うような気もしますわ」
「? 違うって、何がだ?」
「いえ、若干ですが、思い当たる植物とは葉の形や色が違うように思うのです。環境の変化によるものか、わたくしの知らない植物かも知れませんわ」

 明確な答えがはっきり出ないとわかり、ルークは「そうか」と呟いた。見つけ損だったかと肩を落とせば、そんなルークにフィリアが問いかける。

「あの、ルークさん。もしお時間があるようでしたら、資料室にお付き合いくださいませんか?」
「へ?」
「あそこの資料は豊富なんですよ。この植物に関しても、きっと何かわかるはずですわ」

 どうでしょう、と重ねて問うフィリアに、ルークが逡巡を見せたのはわずかな時間でしかなかった。
 別に付き合ってもいいとルークが答えれば、フィリアは顔を綻ばせて資料室へと足を向ける。預けられたままの植物を眺めながら、これはどんなものなんでしょうね、と声を弾ませるフィリアに、ルークはふっと笑った。

「お前ほんと、そういうの好きだよな」
「はい。新しい知識が増えることもそうですが、こうしてルークさんが質問に来てくださることも嬉しいですわ」
「……ま、人に物教えるの好きって言ってたもんな」

 何度か交わした会話の中で、フィリアから聞いたことを記憶から引き出してルークは呟く。それも覚えていてくださったのですね、とフィリアは少し恥ずかしそうにしていた。
『フィリアに、というのが珍しい。あなたなら、ヴァンかガイにお尋ねになるものだと思いましたが』
 不意に、ジェイドの言葉を思い出す。あの時は何も返せなかったが、理由ならあった。言葉に詰まったのは、それを口にすることが憚られただけだ。

(質問に来るなら誰でもいいんだろうけど、それでも……『俺』の行動で喜んでくれてることに、変わりはねえ)

 ルークにとっては、その事実が最上だった。
 でなければこうして、さほどありもしない知識欲をさもあるように見せては、フィリアに会いに行くこともない。ヴァンやガイとは違う赤の他人でありながらなんの他意もなく自分を受け入れてくれる彼女は、いつしかルークの拠り所の一つとなっていた。

「あ、調べもんが終わったらなんか飲みに行こうぜ。お前を探してた時にジェイドに話しかけられて、余計な体力も使っちまったからさ」
「まあ、ルークさん。そんな物言いはいけませんよ」
「んだよ、王族の俺に説教すんのか?」
「王族だからこそです。言葉ひとつでも、ルークさんの質を問われてしまうことになりかねません。それは、悲しいことですわ」
「へいへい。気をつけるよ」

 自身の存在が喜びに繋がり、気安い言葉を交わし合えるこの場所は居心地がいい。また明日も、口実を見つけてはフィリアを探しているのだろうとルークは思った。

ルークの場合、質問したら嬉々として答えを返してくれるという状況にはイチコロだと思うわけで