< アイスとあいつに気をつけろ >

 コンデンスミルクといちご味のシャーベットをミルクアイスで包んでいるという、少し珍しい冷菓。数があまりないということで、それを口にできたのは少数だったという。ユーリはその数人のうちの一人であり、珍味な上に味も悪くないアイスキャンディーを楽しめたことで機嫌がよかった。そのユーリは道々でフレンを見つける。気分もいいことだし、今日はいつもよりいい結果が出るかも知れない、そんな考えで彼は友人を手合せに誘うことにした。
 珍しくはない組み合わせを、珍しい場所で見つけたのはそんな過程を経てのことだ。彼らを鍛練場で見かけることなど目新しい気がする、とユーリは感じた。

「よう、お二人さん」
「ユーリさんに、フレンさん。こんにちは」
「剣を交換してるみたいだけど、二人とも鍛錬中だったのかい?」
「はい。俺たちは剣を交換して戦うこともあるので、時々こうして練習を兼ねた手合せをしてるんです」

 フレンの疑問に答えたスタンが、ね、とフィリアに呼びかける。それを受けてフィリアも、ええ、と頷いた。これもまた珍しいことだとユーリは思う。フレンも同じ考えだったのだろう、二人ちらっと視線を合わせ軽く首をかしげた。
 しかし、剣技とは場所によってさまざまに変わる。彼らの国の技術がそういうことなのだろうと、ユーリは自己解決した。

「ユーリさんたちはこれから鍛錬ですか?」
「ああ。そのつもりだ」
「じゃあ、俺たちは一休みしようか。けっこう動いたし」

 スタンとフィリアの息は少し乱れている。滲んだ汗で髪が張りついているところを見ると、かなりの運動量だったのだろう。得物も換えての手合せなのだ、神経も多分にすり減っているに違いない。

「ではユーリ、僕たちも始めようか」
「だな」

 休憩のために隅へ移動する彼らを視界の端に入れながら、ユーリとフレンは互いに構えた。間合いをはかりながら相手の出方をうかがっていると、その隅から会話が流れてくる。

「そういえばさっき、アイスキャンディーをもらったんだ。ちょっと珍しいみたいなんだけど、フィリアは知ってる?」
「そのお話でしたら、ここに来る前に伺いましたわ。数があまりないらしくて、口にできた方も少ないんだとか。どんな味なのか気になっていたんですが、スタンさんは頂いたんですね」
「そう、俺は運よくもらえたんだ。よかったらフィリアも食べない?」
「でも、それはスタンさんのでは……」
「構わないよ。フィリアも味が気になってるんだろう? せっかくだし、一口だけでも食べてごらんよ」

 手合せということでユーリとフレンの間では空気が張り詰めているが、反して彼らの会話は穏やかだった。気を抜けば調子が崩れてしまいそうな状況だが、これはこれでまた違った鍛錬になるのかも知れないとユーリは改めて意識を切り替える。
 と、

「はい。口、開けて」
「え? あの、ですが」
「早くしないと溶けちゃうよ。ほら、あーん」
「ス、スタンさん……」

 ユーリが意識を替えたのと同じように、隅の空気も変化した。ん? という引っかかりはユーリだけでなくフレンも覚えたようで、目の前にある表情がわずかに動く。

「もしかして、俺のだと口に入れられない?」
「そういうわけではありませんが、けれど、やっぱり」
「そっか。フィリアは俺じゃだめなんだね」
「い、いえ、本当にそういうつもりでは」

 会話の内容が少しおかしい。スタンの言い回しがどこか、怪しくないだろうか。

「じゃあ、食べてくれる?」
「……は、はい。では、失礼して」
「口、開けてね」
「あの、自分で」
「開けてごらん」
「…………っん、む」

 アイスがさし入れられたことで、フィリアの口から小さな声が漏れた。人に食べさせられるという羞恥と、アイスの冷たさに対する吃驚か、声が震えを帯びている。

「……」
「……」

 ユーリとフレンは、止まった。相手から隙がうかがえないという類の静止ではなく、耳を打ちつけてくる音が原因で動けない。そして非情にも、原因であるほうの音が止まることはなかった。

「溶けかけてるとは思うけど、少し舐めてから歯を立ててね。ああ、上のほうにコンデンスミルクが詰まってるらしいんだ。こぼれそうだったら、飲み込んだほうがいいかも知れないよ」

 言われるままに舐め、そして飲み込んでいるのか水音がする。かすかにしか立てられていないはずの音は、なぜかユーリの耳をひどく打った。
 あまりの居た堪れなさに、思わず顔をそむけてしまう。光景を前にしているわけではないのでその動作に意味はまったくないが、フレンも同じように顔をそむけているのを見て、思わず安堵した。ああ、お前もか、と。耳に飛び込んでくる声だけで、淫猥な想像をしてしまうのは俺だけじゃなかった、と。居た堪れなくもなるよなと、ユーリは視線でフレンに告げる。向けられた視線に対しフレンは、弱々しい笑顔で力なく頷いた。

「……行くか」
「……そうだね」

 ここはあまりにも危険だ、と呟くフレンに、今日ほど同意したことはないだろう。そう思うほど、ユーリもこの場から離れたかった。
 そんな男ふたりに、不思議そうな青年の声がかけられる。

「二人とも、どこかに行くんですか? まだ剣も合わせてないみたいですけど」

 きょとんとするスタンに、ユーリとフレンはすぐに答えを返せない。あー、だの、うー、だのしばらく唸った後で、トイレだ、と言った。
 トイレ、とスタンが目をまたたかせ、隣にいるフィリアも同じように、口元を手で覆いながら小首をかしげる。邪気のない二対の目を真正面から見ることができなくて、ユーリはトイレだと繰り返しながら目をそらした。そのまま、そそくさと鍛錬場を後にする。フレンが、二人は気にせず休憩していてくれ、と声をかけることを怠らなかった。

 慌ただしく出ていったように感じる二人の様子に、口の中のアイスを食べ終えたフィリアはスタンに尋ねる。どうなさったのでしょうね、と聞いてみれば、スタンはにっこりと笑った。

「大人の男の人って、こういう時ものすごく便利だよね」
「? 便利、ですか?」

 スタンの言わんとしていることがわからず、フィリアはますます首をかしげる。そんな彼女に彼は独り言だから気にしないでと言って、フィリアが食べた後のアイスを口に含むのだった。

最近フィリアと仲がいい騎士組に対する当てつけ+騎士組を追い出したかったスタンの図。スタフィリのようなスタ→フィリのような
スタンに至っては言い回しがわざとな上に邪気ありまくりですよユーリさん、気をつけて!(笑)
ちなみにこの後の騎士組はトイレで処r(自主規制)