< なんの因果か3cm >

 窓辺で頬杖をついて時折ため息を吐けば、思い煩うことがあるのかと思われるのも当然だろう。控えめなノックの後、入室を許可されたナタリアが問いかけるのも致し方ない。

「何か悩み事ですの、ルーク?」

 曖昧な返事をしながら、ルークは顔だけを振り向かせた。

「悩みっつーか、なんつーか」

 口を開くも、ルークはもごもごと言葉を濁らせた。はっきり言ってもいいが、正直に言うのは憚れる。彼の抱えている問題は、そこまで大したことではない類いのものなのだ。

「はっきりしませんわね。殿方でしたら、もう少し堂々としたほうがいいですわよ」

 腰に手を当てすっぱりと言う姿勢は、昔から変わらない。以前と違う部分といえば、肩まで伸びたこがね色の髪ぐらいだろうか。それから、ルークにとっての「悩み」に繋がる部分がもう一つ。

「ルーク?」

 ナタリアの呼びかけは、吐露を促すものだ。強制されるのは嫌いだが、ほのめかした自分にも責はある。何より相手はナタリアなのだ。隠し続けるつもりも、ルークにはあまりなかった。
 恥は一時、この際だから言ってしまえ。

「俺、身長が伸びたんだ」
「ええ。以前より高くなりましたわね」

 それが何か、と首をかしげるナタリアに、ルークは恨めしそうな視線を向ける。その視線に、ナタリアはますます不思議そうな顔をした。

「その目はなんですの、ルーク。……まさか悩みの原因は、わたくしにあるとでもおっしゃりたいの?」
「おお、よくわかったな」

 割と鈍い彼女が、視線だけですべてを悟るとは。人は本当に成長するものだ。そんなふうに感心していると、ナタリアの顔がしかめられた。

「怒りますわよ、ルーク」
「あ、いや、悪い、ごめん。そういうつもりじゃなく……」
「……構いませんわ。それで、わたくしが何かなさいました?」

 怒りを帯びた表情はすぐに解かれ、今はどこか不安そうなものに変わっている。ナタリアが、ルークの悩みの種になっていることに対しての表情なのだろう。憂いに沈んだ顔は、不謹慎ながらルークの心音を速めた。

「ナタリアが何かしたわけじゃないんだけどな」

 言うなり立ち上がったルークは、ナタリアに近づくよう手で示す。
 誘われるままナタリアが近づいたところで、ルークは自分の頭に手を乗せた。再び首をかしげるナタリアを気にすることなく、ルークは手のひらを前へと移動させる。その先には何もない、しかし数センチ下にはナタリアの頭。

「この身長差が開かねえんだ」
「はい?」
「俺が伸びたと思った先からお前も伸びてんだよ、身長。俺が悩んでんのは、それだよ」

 言うと決めたから言ってはみたが、いざ言葉にすると思ったより恥ずかしい。頬に熱を感じながら、ルークはナタリアの反応を待った。

「つまりルークは、わたくしよりももっと背が高くなりたいんですの?」
「ああ、まあ。そんなところだ」

 ルークとナタリアの身長の差は三センチである。そしてその差は今も変わらない。先ほどルークが言ったように、ルークが伸びているのと同じようにナタリアの身長も伸びていたりする。どんな皮肉か、相変わらず三センチはキープされ続けているのだ。ルークにはそれが不満でならない。

「殿方の思考というのは理解しかねますわね。そこまで身長の差というのは、欲しいものなのかしら」
「……前」
「え?」
「砂漠で、日よけ云々ってのがあったろ」

 旅をしていた時の出来事、オアシスへ向かう途中。暑さに辟易するナタリアに、ジェイドが背を貸すと言ったことがあった。ナタリアはそれを思い出したのか、ルークに視線を向ける。

「ジェイドは自分かガイにって言ってた。俺はナタリアと身長がさほど変わんねえから外されたの……今も気にしてんだよ、悪いか」

 その本音は、悩みを告げるよりも恥ずかしかった。顔をそむければ、やがて小さな笑い声がルークの耳を打つ。

「わ、笑うなよ」
「すみません、ルーク。ふふ。でも、気にしていらしたのね」

 なんだか嬉しいですわ、笑いながらもナタリアが告げた。
 ちょっとした嫉妬、それを受け入れてくれる彼女。とくとくと、鼓動は速まるばかりだ。

「……でも、さ。最近、このくらいの差も悪くないかも知れないと思う気がしなくもないんだ」
「? どうしてですの?」

 言葉で答える前に、態度で示す。少し近づくだけで、なんて簡単に合わせられることか。

「キスするのにはちょうどいいだろ」

ちょっとした未来のちょっとした出来事 みたいな
なっちゃんは髪伸ばしてればいいなあ