< 悪の温床 >

「諦めなよ」

 投げつけられた言葉はとても簡潔で、冷たさを帯びていた。構えることなくその声を聞けば、きっと背筋が凍っただろう。らしくもなく、素直にそう思った。ああこいつはこういう声も出せたのか。どこか遠くでそんなことを考える。のんきな田舎者かと思っていたが、考えを改めたほうがいい。
 この男は、とんだ食わせ者だ。

「なんの話だ」
「とぼけるんだ。まあ、それならそれでもいいや。本当にわからなかったらわからないでいい。そっちのほうが好都合だし」

 ちらりと見せる笑顔は、爽やかとはかけ離れていた。普段の男からは想像もできない表情に、こちらの顔もしかめられる。放っておけば、きっと惨事が起きてしまうんじゃないだろうか。

「……フィリアに何をする気だ」

 耐えられず、名前を口にする。一瞬、青い目が開かれたが、またすぐに笑みをかたどった。そしてスタンが口を開き、「なぜ?」と笑いながらリオンに尋ねる。

「何かをするのはリオンだろう?」
「なんだと」
「手を離すのはリオンのほうじゃないか。それなのに、中途半端に繋ぎ止めておくつもりなの? なんのために。フィリアを悲しませるため? 悪趣味だね」
「貴様……!」

 何をどこまで知っているのだろうと、リオンは思った。何を知っている、と聞き返そうとしたが、それはスタンの言葉を肯定することになる。滅多なことは口にできないと、思いとどまった。
 けれど、悪趣味、という単語は聞き捨てならない。リオンは口を開こうとし、しかし、それよりも早くスタンが言葉を落とした。

「俺に何か言える立場なの?」
「……」
「リオンって意外と馬鹿なんだね。苦しいならやめればいいのに。どちらか一つを選べばいいのに」

 何もかも知っているような口調がたまらなく不快だった。それなのにスタンが言葉を続けることを止められない。告げられるすべてが真実でしかないから、止めるすべが見つからない。

「だからねえ、リオン」

 スタンはまた、ぽつり、と落とす。

「フィリアのこと、諦めてよ」

 甘言のようにささやかれる言葉は毒を帯び、リオンの耳をじくりと打った。

スタンのスの字はドSのS~(笑えない)
悪の温床=人を悪事に誘い込む環境