< 赤いりんご、食べませんか >
赤い色と小気味よい音にフィリアは目を向けた。しばらくそうしていると、その視線に気づいたのかルーティが食べていたりんごを差し出す。
「一口食べる?」
「え、あ、いえ……」
分けてもらうつもりなど、フィリアにはなかった。ぶしつけな視線を向けてしまっていたのかと、フィリアは顔をうつむける。しかしルーティは、別の解釈をしてしまったようだ。
「なーに。お綺麗な司祭サマは、他人が食べた物なんて食べられないっての?」
「! そういうわけではありませんっ」
慌てて否定すると、その勢いにルーティがたじろぐ。軽い冗談へ、真剣に反応されるとは思っていなかったのだろう。はっと我に返ったフィリアは、すみませんと頭を下げた。
「そうではなくて……。あの、確かにおいしそうだなとは思いましたが、ルーティさんのりんごなのに頂くのは悪いかと思いまして」
「……生真面目というか、馬鹿ね、あんたって」
「え……」
ため息をつくルーティは、しかしフィリアを蔑んでいるわけではなかった。親しみの滲んだ表情で、りんごを持つ手を向けてくる。勢いに押されて、フィリアはそれを受け取った。
「本人がいいって言ってんだから、遠慮することないわよ。あたしはケチかも知れないけど、おいしいものを共有できる心もあるんだから」
「ルーティさん……」
「このあたしが、タダで分けてあげようってのよ。太っ腹なルーティさんに感謝しなさい、フィリア」
「ありがとうございます、ルーティさん。でも、一口分けるだけでお金を取ろうとするのは、意地汚いですよ」
「…………結構言うわね、あんた」
「はい? あ! す、すみませんっ」
謝罪を何度か繰り返した後で、フィリアはりんごを口にする。その赤い果実は、これまで食べた中で最も美味に感じた。
その出来事を経て幾日か、その日はフィリアがりんごを手にしていた。
店先に並んでいたそれが目に映ったのだ。一つ買うだけなら、そう値段もかからない。ルーティとの思い出を振り返るうちに、自然と手は伸びていた。
今度は自分から勧めてみようかと、フィリアは思う。そう考えていると、知らず口元が綻んでいた。
「何をへらへらしている」
「きゃっ、え、えっ?」
突然かけられた声にフィリアは驚く。声の出所を確かめると、目の前に呆れた顔をしたリオンが佇んでいた。リオンさんと名を呟くフィリアに、リオンは大仰なため息をつく。
「そんな間の抜けた顔で街を歩くな。自由行動中とはいえ、お前に何かあればこちらに迷惑がかかる。グレバムの顔を知っているのは、お前だけなんだからな」
「は、はい。すみません、リオンさん」
「今後は注意しろ。行くぞ」
背を向けて歩き出したリオンに、フィリアは目をまたたかせる。リオンは今、「行くぞ」と言った。これは、ついてこい、という意味なのだろうか。他と行動することを厭う彼から出てきた言葉にしては、珍しいことだ。
「おい、何してる。置いて行かれたいのか」
「いえ。今、行きますわ」
果実の代金を払ってから、フィリアは慌ててリオンの隣へと並ぶ。ふん、と小さく漏れた言葉は軽視的だったが、フィリアはあまり気にならなかった。これがリオンなりの優しさなのだろう。面倒を起こさないために動いた結果なのかも知れないが、それでもフィリアにとっては助けになっている。だからやはり、これはリオンの親切心なのだ。
「……また、しまりのない顔をしているぞ。なんなんだ、いったい」
「あ、また笑っていましたか。すみません、リオンさん」
「謝るくらいなら最初からするな」
「はい、すみません」
二度目の謝罪に、リオンはとうとう口を閉ざした。呆れ返ったのだろうか。しまったと思うも、出ていった言葉は戻らない。ではせめて話題を変えようと、フィリアは手に持ったりんごへ意識を移した。
「あの、りんごを食べてもいいでしょうか」
「それはお前が買った物だろう。僕に了承を得る必要はない」
リオンの言葉を「構わない」と受け取ったフィリアは、謝辞を述べてりんごを口にする。歯を立てた先から、かぐわしい香りがした。
「……珍しいな」
「? どうしましたか、リオンさん」
「歩きながら食べるなど、お前はしない人間かと思っていた」
リオンの言葉に、フィリアはそういえばと内心で同意する。街中で人前で、歩きながら食べるというのは確かに品がない。以前ならばフィリアも避けていた行為だ。
しかし、ルーティとのやりとりでそんなものは気にならなくなっていた(さすがに程度にもよるが)。この時もそうだ。
フィリアは笑顔で頷いた。
「そうですね。でも今はそうでもありません。ルーティさんのおかげですわ」
「あの女か。ろくなことを教えないな」
「そんなことありませんよ。わたくしは、こうして頂く果物がおいしいことを、ルーティさんに教えていただきました。とても素敵なことです」
笑みを深めると、リオンは顔をそむけた。あまり興味がないのか、やはり他人に干渉するのは嫌いなのか。あと一歩のところを、ぎりぎり越えない空気を感じる。
感じていた上で、敢えてフィリアは自分から踏み出した。
「よかったら、リオンさんも召し上がりますか? おいしいですよ、このりんご」
「…………は?」
差し出したりんごを見やり、そのりんごを勧めたフィリアの顔を見やった後。これまた珍しいことにリオンは、彼にしては素っ頓狂な声を上げた。
その後、宿屋に戻ったリオンがルーティに電撃を浴びせたことを、フィリアは知らない。
フィリアが参入してまだ日が浅いくらい。ルーティがちょっと冷たいのもそのせいです。でもこれくらいつんけんしてるのも好みかもしれないと発見した今日この頃(エー)。初期にしてはリオンが柔らかすぎるのはきっと気のせい(エエエ)
リオンの電撃攻撃の理由→「変なことを教えるな(間接キスになるじゃないか!)」
ルーティにそんな気はなかったので理不尽でしかないっていうオチ(ひでえ)