< 赤繩の契り >

 できるなら、と彼は言った。お前には悪いがと前置いて、先を続ける。
 言い終えた彼の言葉に、彼女はそっと笑った。

「やっほー、リオン。久しぶり。元気してた?」
「……相変わらず貴様は能天気だな」
「な、なんだよ、その言いぐさ。お前も相変わらずだな」

 せっかく友人が会いに来てやったのに、とスタンはぶつくさ言っている。が、その言葉にリオンは寒気を覚えた。誰と誰が友人なのだ、気色の悪いことを言わないでほしい。そう思うも、スタンの、友人という言葉は戯れなのだろう。リオンとスタン、そして他数名の関係は「友人」という類いとは少し違うものだ。友というほど気の置けない仲ではない。特にリオン自身、スタンたちとは距離を置いている。スタンもそれを知っており、その上で立ち位置を慮っているのだ。
 リオンにとってのスタン、そしてリオンに関した者たち。彼らは友人とは少し違い、けれどまったくの他人でもなかった。

「それで、なんの用だ」
「近くまで寄ったから来てみたんだよ。リオンの顔も見たかったことはあるけど、一番の目的はフィリアかな。なかなか時間が取れないって、ルーティもぼやいてたよ。今って、会えるかな?」

 言いながらスタンは、リオンの背後に目をやった。彼の視線は、大聖堂へと向かっている。フィリアは今そこで説教をしていた。いくら知人といえど、仕事中に乱入させるわけにもいかない。

「今は無理だ。昼を過ぎなければ、時間は取れない。暇ならその辺で待っているんだな」
「そっか。じゃあ待ってるから、その間リオンが相手してくれよ」
「じゃあな」
「無視!? それはひどいだろリオン! 相手しろってばリーオーンー!」

 ぎゃあぎゃあと騒がれるのも迷惑だ。上司に許可を取ったリオンは、嫌々スタンを一室へ案内した。

「まったく、傍迷惑な奴だ」
「俺は今日しか時間がないんだから、ちょっとくらい羽目を外したっていいだろ」
「それが傍迷惑だと言っているんだ。大体お前はな……」
「なんだよ、リオンだってな……」

 ああだのこうだのぎゃあたらぎゃあたら、二人しかいない部屋に喧騒が響き渡る。幸いにして辺りにひと気はなかったが、彼らのいる部屋は異様なほどにうるさかった。
 そんな言い合いは、ふとした瞬間に途切れる。ところでさ、というスタンの静かな声がリオンを我に返らせた。

「そのネックレス、どうしたの? リオンがそういうの着けてるなんて珍しい」
「……ああ」

 目ざとい奴だとリオンは思った。しかし、無理に隠すつもりもなかったので、銀の鎖を引き上げる。

「ネックレスというより、この指輪を下げるために着けている」
「あ、ほんとに指輪がついてる。けど、その指輪は?」
「赤繩を結んだ。その際の形だ」
「せきじょう……って?」

 首をかしげるスタンに、リオンは小さく笑った。わざわざ聞き慣れないだろう単語を使ったのだ。難解そうな表情をしてくれて何よりである。

「つまりだな」

 意味を告げようとリオンが口を開くのと、部屋の扉が開かれるのは同時だった。スタンの意識が扉へと行く。リオンの意識もそちらへ行き、それから彼ら二人は口元を緩めた。

「リオンさん、スタンさん、こちらにいらしたんですね」
「久しぶりだね、フィリア。元気にしてた?」
「ええ。毎日つつがなく過ごしていますわ。スタンさんや、ルーティさんは?」
「俺もルーティも元気だよ。まあルーティはフィリアになかなか会いに行けなくて文句ばっかり言ってるけど」
「まあ」

 ふふ、とフィリアは微笑み、スタンも、リオンと話している時以上に顔を綻ばせて会話を弾ませている。フィリアへと向けられる喜色に、少しばかり苛立ちを覚えつつも、リオンはフィリアの隣へ身を落ち着けた。
 それから、先ほど途切れた話題に戻す。ところでスタン、何か気づかないか。

「え、何かって……あれ、フィリアもネックレスしてる?」
「え? あ、は、はい。目立つでしょうか」
「いや、じっと見ないとすぐには気づかない程度だけど。リオンもしてたよな。まさかそれも、指輪がついてたり……」

 スタンにしてはなかなか鋭い発言だ。リオンが頷くと、ややあってフィリアも頷いた。そしてリオンは、口を開く。

「結婚をした。僕たちがな」

 絶叫が、部屋から飛び出した。

 最初から最後まで傍迷惑な奴だ、ぶつぶつと不満をこぼすリオンに、フィリアが苦笑する。

「きちんとお知らせしていませんでしたから、驚くのも無理はありませんわ」
「だからといって、警備の人間が駆けつけるほどの絶叫をする奴があるか。収拾はつけたが、いらぬ恥をかいた」
「リオンさんたら」

 リオンは大きな息を吐いた後、フィリアに向き直った。小首をかしげる彼女へ手を伸ばし、首へかけられた鎖を取る。リオンさん、という呼びかけを聞きながらも、その先にある指輪に口づけた。
 フィリアのぬくもりが移ったそれは、くちびるに熱を伝える。もう一度かけられた呼び声は、羞恥が含まれていた。

「……すまなかったな」
「え?」
「式を、僕とフィリアの二人だけですませて。お前は、あいつらを呼びたかったんだろうが……」

 それは先日の話。ずいぶん前だったような、もしかしたら昨日だったかも知れないような、鮮明に残る記憶。
 夜の聖堂で、リオンとフィリアはひそかに婚儀を執り行った。誰に祝われるでもない、本当に二人だけで。
 それはリオンが望んだこと。綺麗ではない過去を持つ自分に、他から祝福を受けることは不当だと言って、披露を拒んだ。
『お前には悪いが、できるなら二人だけで挙げたい』
 そう告げたリオンは、その時も謝罪の言葉を口にしていた。

「リオンさん」

 三度目になるフィリアの呼びかけに顔を上げたリオンは、頬に添えられたぬくもりに目を瞠る。目の前で、フィリアが微笑んでいた。

「そのことなら構わないと言いました。それに儀式は、誰かに祝福されるために行うのではありませんわ。お互いの存在と気持ちがあってこそです」
「フィリア」
「あなたがわたくしだけを求めてくださったように、わたくしもあなたがいれば他を望んだりしません。謝らないでください、リオンさん」

 頬に伸ばされたフィリアの手を取り、リオンは「ああ」と頷く。悪かったという言葉は、先ほどの発言に対して。それから「ありがとう」と告げたくちびるで、フィリアのそれを覆った。

『謝りついでにもう一つ、聞いてもらえるか』
『なんでしょう』
『誓言は、お前自身にしたい』
『?』
『「神」に誓うのではなく、お前に誓いたいんだ。……僕にとっての「絶対」は神じゃない、お前だからな』
『リオンさん……。ええ、わたくしも。わたくしもあなたに誓いますわ、リオンさん』

 あなたを生涯、愛し続けることを。

ED後、神殿在住設定で
過去が過去なだけにリオンは粛々な式をやりそうな気がします