< 鬼遊び >

 チェリクで走り回る子供たちと、少年少女から逃げ回る一人の女性を建物の陰から見守る。自分では体力も機敏さにも欠けるので、こうして眺めるくらいしかできない。

「しかし、この暑い中ルーティもよくやるよなあ」

 同じように彼女の動向を見守っていたスタンが呟く。隣に顔を向けて、そうですね、とフィリアも頷いた。陰に入っていても、じりじりと熱気が体を焼いていく。額から流れた汗が、拭う前に頬を伝って地面へと落ちた。

「ですが、あの様子を見ていると微笑ましいですわ。ここの方々が全員……その」

 思わず言葉に詰まってしまう。チェリクに着いて受けた「振る舞い」に、口を噤まざるを得なかった。察してくれたのか、スタンは深く聞くことはせずに相槌を打つだけだ。
 しばし沈黙が落ちたが、空気を変えるようにスタンが口調を変えた。

「子供相手に、あそこまで全力で逃げるのってさ」
「は、はい」
「大人げないよね」

 こともなげなスタンの台詞に、フィリアは反論しようもない。何しろ自分も思っていたことなのだ。
 しかし、かといってこのまま賛同するわけにもいかない。たとえ理由がなんであろうと、ルーティが子供たちと交流している事実に変わりはないのだ。

「ですが、子供たちにとってもいい思い出になるかも知れませんわ。普通、大人は子供に対して手加減をします。人によっては、それが『手を抜かれている』と気分を害すこともありますから。子供たちも全力で遊ぶことができるので、必ずしも悪いことではないと思いますよ」

 言い終えたものの、苦し紛れだっただろうかとフィリアは焦った。下手に言い訳をすれば、逆に相手を貶めることになる場合もある。ルーティは何も金銭のみが目的ではない、子供たちを思う気持ちも確かに持っているのだから。

「……そうだね。そういう見方も、あるよね」

 ぐるぐると思考を巡らせていると、スタンがそう言った。わかってもらえたのか、それとも再び察してもらえたのか、どちらにしても誤解されずにすんだようだ。

「現実を教えるっていう意味でも、いいのかも知れない。勝負を挑む相手は見極めなきゃね、ってな具合で」

 茶目っ気のある表情でスタンが言う。軽い口調が思案を払拭させるようで、フィリアはほっと安堵の息をついた。
 気を遣われたことに対する申し訳なさと、それを上回る喜びに口元が綻ぶ。猛暑の中でさらに体温が上がったような気がしたが、あまり気にはならなかった。

「鬼ごっこか」

 一人喜びを噛みしめていると、ぽつりとスタンが言葉を落とす。そっとした音であるそれが、なぜかフィリアの耳を打った。隣を仰げば、静かな微笑みがある。それはとても穏やかで、

「逃げる相手を追いかける」

 ひどく、

「追いかけるほうは、逃げる相手を捕まえるっていう義務があるけど」

 ほの暗い。

「逃げるほうは捕まる覚悟を持たないと」

 ね、とスタンの笑みが深くなる。
 なぜか、それまで感じていた暑さが急になくなっていった。

「あ、の……」
「あれ、顔色悪いよ。暑気あたりかな? ひどいようなら、宿屋に戻ったほうがいいよ」

 スイッチを切り替えたように、薄暗いものがスタンから消える。それと同時に、いつの間にか覚えていた緊張感がほどけていった。
 これ幸いとばかりに、すみませんが、とその場から退こうとする。ルーティの動向を見守るという目的は果たせなくなるが、それよりもこの場にいることのほうが無理に思えた。
 宿屋へ向かうために、スタンのそばをすり抜ける。

「!」

 その際に告げられた言葉が、再び張り詰めた空気をフィリアに吸わせた。
 覚えておいてね、と彼はささやく。
『逃げるなら、捕まる覚悟をしておいて』
 「何」から逃げるのか、「何」に捕まるのか。

(こわくてうしろをふりむけない)

二人で仲よくルーティを見守るほのぼの系と思いきや濁り系オチ
怖がらせてどうすんだスタン! やらせたのは私ですけどね!(どうしようもない)