< 非力からの脱却 >
「キールさん、体を鍛えましょう」
「……は?」
「過去を悔やんでいるだけでは、道は開けませんわ。行動を起こすことに、遅いことなどないんです」
「フィ、フィリア……?」
フィリアの言葉に、キールは目をまたたかせる。うろたえながらも見つめ返した彼女の表情には、固い決意の色が見えた。普段のフィリアとは違い、向けられる視線は強い。使命感にも満ちたようなそれは、覚えのあるものだった。
(……この目、昔のファラを思い出すな)
ひ弱であるキールを強くしようと外へ連れ出す時、ファラの目はいつも輝いていた。ある程度は許容していたが、危険であると言われていた場所にまで連れ出されることもままあり、その目を見ることは次第に苦手になっていったのだが。
(まさか、フィリアにこんな目を向けられる日がくるなんて……)
あまりいいとは言えない思い出に苦い気分を抱きながら、キールはそっと目を逸らせた。
「キールさん?」
「いや、フィリア。ぼくはこれからレポートの作成をしようと……」
語尾が小さくなるのは、レポートを理由に逃げようと自覚しているからだ。体を鍛えていればよかったとは、以前フィリアと依頼へ向かった際にこぼした言葉ではあった。だが、いざそれを実行しようと誘われるとためらってしまう。
昔の苦い思い出のこともある、レポートに集中したいこともある、しかし一番強く抱いているのは体を動かしたくないという思いだった。
「キールさん」
そっと落ちる音は、フィリアの呼びかけだ。静かな口調に、キールは逸らせていた視線を戻す。
「キールさんがなさりたいことも、それが大切であることもわかりますわ。ですが、つらいことから逃げ続けるのは、キールさんのためになりません」
レポート作成が口実であることは見破られていた。正論に返す言葉もなく、キールはただ黙り込む。
「何も、激しい運動をしようとは言いません。体力がないのはわたくしも同じですから。少しずつでいいんです。一緒にやってみませんか」
穏やかな呼びかけに、しばらく考えた。
迂闊な発言はするものじゃない、というのが最初に感じたこと。
ファラならともかく、フィリアは行動を起こすタイプではないと思っていた。相手を深くまで知らないのだから、印象だけで人を判断してはいけないのは当然だ。
次に思い返すのは苦い記憶だが、フィリア本人が言うように彼女も体力はないのだから、無茶をさせられることはないだろう。その点は信用が持てる。
「どうしても、無理でしょうか?」
沈黙が長いせいか、フィリアの声に不安な色が滲んだ。ここで嫌だと返せば、フィリアのことだ、無理強いはしないだろう。それはよくもあり、悪くもあった。こもりがちな人間には、時にファラのような強引さも必要なのだ。
(されるほうは、たまったものじゃないがな)
強引に連れ出されるということは、自分で選ばなくてもいいという簡易さがある。それはとても楽な道でもあるのだ。
しかしフィリアはキールの意思を問い、それを尊重するのだろう。自分がどうしたいか、どうするべきかを自らに問わせる。良心に訴えかけることは、なるほど神官らしい。
「……本音を言えば気乗りはしないが、自分の発言に責任を持たなければいけないことくらい、ぼくでもわかる」
回りくどい返事だと、我ながら思った。ポーズとして眉をひそめたが、対するフィリアの表情は晴れやかなものだった。
「では、一緒に行っていただけるのですね!」
フィリアにしては珍しくはしゃいだような空気に、キールはたじろいだ。そこまで嬉しそうにされると、むず痒くなってくる。それは、持論を周りに認められた時の感覚に似ている気がした。
気を取り直すために、咳払いをする。頬にわずかな熱を感じながら、キールは口を開いた。
「体を鍛えると言っても、効率のいいやり方でないと意味がないぞ。フィリアは具体的に、どういうことを、どのようにしようとしているんだ」
いつものように理論をまとって、人に接する。その態度が嫌みたらしいと言われることもあるが(主に幼馴染みの一人に)、フィリアはそれを気にかけることもなく「そうですね」と微笑みながら先を続けた。
フィリアと一緒なら、もしかしたらこの先、少しくらいは体が鍛えられるのかも知れない。
フィリアはダンジョンで鍛えるつもりなんですが、二人とも後衛なので、見るに見かねた前衛組が付き添ったり
ここにファラが加わると「イケるイケる」って言われて予定以上に疲れることになりそうです
本人に善意しかないので強く言えないフィリアと最初から逆らえないキールとそれを見越して回収に来るリッド、みたいな