「思った以上に次から次へと来たわねー」
「みなさん仮装するのを楽しみにしていましたからね。いろんな姿が見られて、わたくしも楽しかったですわ」
「可愛いのから奇抜なのまでいたけど、どっから調達してきたんだか」

 歓談しながら歩くフィリアとルーティの向かいを、青年と成犬が歩いてきた。彼らは、彼女らが話題にしていた仮装をしている。

「まあ、ユーリさんにラピードさん。お二人も仮装をしていらっしゃるんですね」
「……あんたたちっていい大人じゃなかったっけ?」

 ルーティの言葉に、ユーリは苦虫を噛みつぶしたような顔を見せた。その様子から、自ら望んでその恰好をしたわけではないことがうかがえる。もしかしたら、せがまれた末に仮装をすることになったのかも知れない。

「あ、あの、お二人ともよく似合っていますわ。ラピードさんは王様の衣装でしょうか」

 ラピードがまとっているマントは裾が炎のような形状で、黒から赤へとグラデーションがかかっている。眼帯を着け葉巻を咥えた姿は、王者の風格を感じるものだった。

「あんたは魔王っぽいわね、ユーリ。その爪とかツノとか」
「そーだな。会う人間は大体ツノを凝視してんな」
「ま、似合ってるからいいじゃない」

 ルーティの言葉に、ユーリは「ありがとよ」と返している。気を悪くした様子はないが、どこか諦観しているように見えるのは、同じようなやりとりが何度かあったからなのだろう。

「会ったついでだ。なんか菓子くれ」

 そう言って手を差し出したユーリに、フィリアとルーティは目を見合わせふっと笑った。仮装したからには、イベントは満喫するつもりらしい。

「はい、クッキー。ちなみにクレアはパンプキンパイで、リリスはパンプキンプリン作ってたわよ」
「ああ、両方もらった」

 既に回収ずみだったようだ。再び口元が緩むのを感じながら、フィリアはあることに気がつく。

「そのクッキー、マカダミアナッツを使っていたんです」
「ん? なんか問題でもあんのか?」
「マカダミアは、ラピードさんの体調に異変をきたすかも知れません。口にされないほうがよろしいですわ」

 ラピードが仮装するとは思っていなかったとはいえ、誰が口にしてもいい物を考えればよかったとフィリアは後悔する。他に手持ちの菓子もなく、ラピードに代わりの物を渡すこともできない。

「どうしましょう……」
「いや、別にそんなに落ち込まなくても……ああそうだ、こういう時は『いたずら』でいいんじゃねえか?」

 なあラピード、とユーリが呼びかけた。そうすると「ワン!」と一声を発したラピードが、フィリアの服の裾を引く。
 近づけということだろうかと、フィリアは屈み込んだ。それと同時に、頬へと温かなものが触れる。
 何が起きたのか、フィリアはすぐに理解できなかった。ラピードがフィリアの頬を舐めたのだとわかったのは、それが何度か繰り返された後だ。肌を撫でる感触は、嫌悪を生じさせるものではなかった。

「ふふ。くすぐったいですわ、ラピードさん」
「ワフ」

 フィリアは身をよじらせているが、ラピードからそれを止める様子は見られない。彼の「いたずら」はしばらく続くようだった。
 そんな二人を眺めながら、ユーリがぽつりと呟く。

「あれは『いたずら』になんのか?」
「そうねえ。フィリアって昔は潔癖なところがあったから、いたずらって言ったらそうかもね」
「ふーん……。じゃあ俺もいたずら」
「あんたはちゃんと食べられるお菓子もらったでしょうが」

 ルーティは魔王の角を掴んで止めた。